才能に嫉妬してきたから、
才能なんて書けた。



対象コピー
その才能が
血筋を凌駕する –

脚本を読み、まず思ったのは、
「これは歌舞伎の映画ではない」
ということでした。

もっと普遍的な、
人間の“宿命”の話だと。

もし、
生まれながらに何かを受け継ぐ人が
いるとしたら。
もし、何も持たずに生まれながら、
それでも届かない場所を目指してしまう人が
いるとしたら。

人は、
そんな二人の物語から
目が離せなくなるはずだと。

そして、それは、
誰の人生にも関係がある
「 自分は何者なのか 」
「 自分はどこまで行けるのか 」
という問いにも、通じるものだと。

だから私は、
「芸」も「歌舞伎」も
書きませんでした。

この物語の核心は、
もっと大きなところにある。
と感じたからです。

最後に残ったのは、
血筋か。才能か。それは
人が何百年も抱え続けてきた問いでした。


その才能が、血筋を凌駕する-


小さな頃から、
サッカー選手になる夢を追い続けてきました。

才能という言葉に、
憧れ、嫉妬し、
何度も打ちのめされました。

この一行は、
そんな自分の、どこか深いところから
出てきたような気がします。